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2011.03/21(Mon)

やっと少し落ち着いたかな。。。

3月15日の夜。
東日本大震災の恐怖が冷めやらぬ中、地元で大きな地震がきた。

息子も私もお風呂に入った後、くつろいでいた最中。いきなりドーンという突き上げる感じと共にグラグラと激しい揺れが。

「大きいのが来た!!」

思わず叫んで息子のそばに行き、揺れが収まるまでじっとしていた。そして治まると、大事なものをバッグに詰めて、上着をはおって電気器具類のスイッチを切って外へ出た。部屋の床には落ちて割れた貯金箱の破片が散らばっていたので、とりあえずそれを隅に寄せた。

外へ出ると同じ団地の住民が続々と外へ出始めていた。そして友人親子が来たところで、とりあえず地区の避難所になっている学校へ逃げようということになり、車で移動した。
学校へ着くと、すぐに市役所の人が来て体育館を避難所として開放してくれた。
だが…
息子と友達が二人で体育館に入ろうとした瞬間。ライトで照らした先には、落ちて粉々になった照明の破片が。

「危ない!動かないで!」

二人は寸でのところで立ち止まった。危ない所だった。
その後、近くの公民館が安全だということでそちらに移動。すると後から後から続々と人が集まってきた。消防団の人が防災倉庫から毛布を取ってきて配布してくれたり、缶のお茶を配ってくれたり。日頃の訓練の賜物だろう。いつもイヤイヤながら参加してたけど、本当に役に立った。

その後、団地の集会場にも何人か避難していると聞き、友人親子と共に戻ることにした。
そして友人親子は自宅に戻ったけど、私は怖くて戻るのがイヤで、別の友人親子も集会場に居たので一緒にその場所で一晩過ごした。後から聞いたのだが、この日は車中泊した人が多かったようだ。
子供達は皆、すやすやと眠っていたけど、大人たちは皆寝付けない様子で、余震が来るたびにざわめいていた。

翌朝はフラフラしながら仕事に出たけど、同じ市内でも被害の差の大きい事を知り、地盤の強さの差なのだろうか?と思った。

11日の地震以来、震源地がだんだん南下していたことに恐怖を覚え、実際に自分のところで起きてしまった事、そしてネット上でささやかれている東海地震や東南海地震への影響、富士山噴火の可能性など、不安を倍増させる原因だらけで…おまけにテレビにノイズが入ったり変な雲が出ていたり等のオカルトじみた現象にドキドキさせられたり、気持ちの休まる暇が無い(T_T)
そのせいか、ずっと下痢が止まらなくて困る。食欲も湧かないし。

そんなこと言ってたら今、被災地で頑張って生きようとしている人たち・不眠不休で支援に尽力している人たちに申し訳無いし、ホントに自分がみじめで情け無い人間に思える(-_-;)

神様、これ以上日本を苦しめないで下さい。
いろんなこと頑張るから、助けてください。

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テーマ : 日記 - ジャンル : 心と身体

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